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「ニーベルング」 今まで、どうしても思い出せなかった指環の名前。 なぜだかわからないが、涙がこぼれた。 この感情はなんなのだろう。胸が熱く、苦しい。 失くしていた大切なものを取り戻したかのような感覚、高揚感。 は朦朧とした意識の中、ゆっくりとした動作でその指環を左手の薬指に持って行く。 そうしないではいられなかった。 指環を嵌めた瞬間、この世の全ての光がを包み込んだ。 は光の中をさまよっていた。 なぜか怖いとは思わなかった。 むしろなつかしいとさえ思った。 自分はこの光の世界を知っている。 遠い過去、自分はこの道を通ったことがある。 どうして今まで忘れていたのだろう? こんなに美しい世界を。 自分は一体・・・。 ―――やっと会えた。 耳元で声が聞こえた。温かい男の声。 はぼんやりとした意識の中、声に耳を傾ける。 声はすぐ傍で聞こえた。 ―――私はお前をずっと待っていた。 私を・・待ってた? ―――お前をあちらの世界に連れて行ってからずっと。 あちらの・・世界? ―――時は熟した。お前は元の世界に戻らなければならない。 元の・・世界・・? ―――今はお休み。我が愛しの・・・ そこで声は途絶え、は眠るように意識を失った。 目を覚ませばそこは辺り一面真っ白な雪に覆われた、夢のような景色だった。 さっきまで、自分は確かに両親と共に自分の家の座敷にいた。 は、混乱を通り越して、ただただ唖然とするよりなかった。 自分は異世界の人間だと言われて、両親は本当の両親じゃなくて、指環を渡されて、なぜか知らないはずの指輪の名前を知っていて――― ニーベルング。 そう呟いて指環を嵌めた途端、光に包まれて、男の声が聞こえて――― ちゃんと、記憶にある。 けれど、は今自分の身に何が起こっているのか全く理解できていなかった。 「ここはどこなんだろう?」 誰に言うでもなく呟く。もちろん返事はない。 辺りを見渡しても真っ白な景色が延々と続くだけで、人の気配が全くない。 ふと、は自分の左手の薬指に収まっている指環に目を向けた。 この指環は一体何なのだろうか。 夢の中に出てくる指輪と同じもの、というのはわかる。 けれど、なぜ見たこともないはずの指輪が夢に出てきたのか、なぜ知らないはずの指輪の名前を知っていたのか、わからないことが多すぎる。 「ここは・・どこなのよ・・!」 は雪の地面にへたり込んだ。自然と涙が浮いてくる。 世界に自分一人だけが取り残されてしまったかのような錯覚に陥る。 眠っている間に、自分の身に一体何が起こったというのだろう。 「お姉さん、何者?」 不意に後ろから聞こえた声に、は思わず悲鳴を上げそうになった。 「あ・・・」 振り返って見てみると、少年が一人ぽつんと立っていた。 茶色の髪に、血を思わせるような真っ赤な瞳。 肌の色は透き通るように白く、とても綺麗な顔立ちをしている。 突然、全く気配を感じさせずに現れた外国風の少年に驚きを感じながらも、同時にこの世界に自分ひとりだけではないという安心感が胸を覆う。 「フォンスロットの大きさが普通じゃない・・。さっきまで、こんな強大なフォンスロットの気配は感じなかったのに」 少年は、不審そうにのことを睨んでいる。 けれど、はこの異国の少年が日本語をしゃべれることに喜んでいて、あまり気にしていない。 「ねえ、君、この辺の子?ここがどこか知ってる?」 の問いかけに、少年はさらに眉をひそめる。 「・・・ここはケテルブルクからロニール山脈へ向かう途中の道だ」 「けてるぶるく??ろにーる山脈??」 は初めて聞く単語に首を傾げる。 少なくとも、日本にそんな名前の街も山脈も存在しない。 「ここは日本じゃないの?ジャパンじゃないの?」 「ニホン?ジャパン?聞いたことがないな。一応この国の地名は全て覚えたつもりだったんだけど。あんた、もしかしてマルクトの人間じゃないのか?」 「マルクト?うーん・・そんな国あったっけ?」 世界地図を全て覚えているわけではないが、そんな名前の国は聞いたことがない。 「マルクトを知らないだって?」 少年は少し驚いたように目を丸くした。 「キムラスカは?」 「うーん・・それも聞いたことないや」 今度こそ、少年は不信感をあらわに目を細めた。 「・・あんた、何者?」 「いや、何者って言われても・・。日本生まれの普通の大学生、としか言いようがないんだけど・・」 は少年の態度に弱り果てた。かなり不審がられてしまったようだ。 少年はめんどくさそうにため息をついた。 「もう、いい。怪しいのには変わりないし・・・ここで僕が始末する」 「へ?」 言うなり、少年は何か呪文のようなものを唱え始めた。 すると、彼の足元に、魔方陣のような光が浮かび上がる。 「―――唸れ烈風、大気の刃よ、切り刻め、タービュランス!」 少年が言い終わると同時に、刃と化した風がを襲う。 は襲いくる衝撃に備え、目をつむった。 ―――お前は知っている また、あの声だ。 光の中、に囁きかけてきた声。 ―――私はお前を死なせるわけにはいかない でも、もう何がなんだかわからないよ ―――わからなくていい。お前は知っているのだから 全然わかんないよ ―――目覚めるときがきたのだ ―――・・・我が愛しのワルキューレよ ああ、私、知っているんだ 頭の中に、知らないはずの呪文が浮かび上がる。 は左手の指環を頭上にかかげた。 そして、身体の中に渦巻く力を言の葉にこめる。 「ニーベルングの名のもと 私は拒絶する」 |