|
少女は漆黒の闇に浮かんでいた。 辺りを見回しても、ただ黒の世界が広がっている。 闇が全身に纏わりつく。 少女はだんだんと恐くなってきて、我慢出来ず声をあげた。 その声に呼応するように、ふと闇の中に小さな光が浮かび上がった。 少女はその光を掴もうと大きく手を伸ばす。 しかし、伸ばした手が掴んだのは光ではなく、1つの指環だった。 掌の上で金色に輝くそれを、少女は知っていた。 生まれたときからずっと。 けれど、その名を思い出すことが出来ない。 少女は、問いかける。 あなたの名前を教えて。あなたの名前が知りたいの。 少女は祈るように指環を握り締めた。 その願いを叶えるかのように、どこからともなく声が聞こえた。 私の名は―――― そこでは目を覚ました。 まただ。この夢を見るときはいつもここで目が覚める。 結局いつも、指環の名前はわからないまま目を覚ます。 「訳わかんない!!」 なぜ、繰り返し繰り返し同じ夢を見るのだろうか。 幼い頃から幾度となく見てきた夢。 しかも、最近はその頻度が多くなっている気がする。 「何が訳わかんないの?」 「うわっ!」 突然耳元で聞こえた声には思わず立ち上がった。 は立ったまま、辺りを見渡す。 そして、今が大学の講義中だということをやっと思い出した。 教授も、急に立ち上がったを驚いたように見ている。 「す、すいません」 は赤くなって、しずしずと腰を下ろした。 自分は講義中に居眠りをしていたみたいだ。 隣では一緒に講義を受けていた友人が大笑いしている。 「もう!驚かさないでよ!」 そう、この友人の声に驚いて立ち上がったのだから、半分は友人のせいでもある。 まあ、居眠りするも悪かったのだが。 「ごめんって!ぐっすり寝てたかと思えば、急に、訳わかんない!だもの」 「私、そんなに寝てた?」 「うん。そりゃあもうぐっすりと」 最悪だ。講義中にまで同じ夢を見るなんて。 同じ夢を繰り返し何度も見ること自体普通ではないのに。 頭がおかしくなってしまったのだろうか。 は頭を抱えたくなった。 つまらない講義が終わり、は友人と一緒に帰り道を歩いていた。 「これからどうする?カラオケ?」 いつもなら、他の友人達と合流して、カラオケに行ったり、ショッピングに行ったりするのだが――― 「あ、ごめん。今日は用事があるんだ」 「バイト?」 「ううん、何か母親に今日は絶対早く帰って来いって言われて」 朝、家を出る前に、母親が何度も念を押すように言っていた。これで、帰らなかったら後が怖い。 「何だろうね・・説教とか?」 「ありえる。大学入ってからだらけすぎだって自分でも思うし」 高校時代の受験地獄から解放された反動か、大学に入ってからの3ヶ月間、それはもう酷いものだった。やる気が一切と言っていいほど感じられない生活を送っていた。 「あんたは授業に出てるだけマシな方だって!」 「居眠りしてるけどね」 確かに、と二人は目を交して笑いあった。 「ただいまー」 は玄関のドアを開け、大声を上げた。 奥から、母親が顔を見せる。 「おかえりなさい。鞄置いたら、座敷にいらっしゃい」 それだけ言うと母親はさっさと座敷の方に行ってしまった。 これは本格的にヤバイ、とは思った。 母親が座敷にを呼び出すときは大抵の場合説教をするためだ。 は、大急ぎで自分の部屋に鞄を置きにいき、座敷の襖をそっと開けた。 座敷には、の母親だけでなく、父親も座っていた。 今日は平日なのに、なぜ父親が家にいるのだろうか。 「座りなさい」 は言われたとおりに、用意されていた座布団の上に腰を下ろす。 正面右側には父、左側には母が、同じように座っている。 その表情は硬く、緊張しているようにも見える。 「あなたに、大事な話があります」 母親はの目をしっかりと見据える。 「これから話すことは、あなたにとっては到底信じられないことだと思うわ。信じたくない、と思うかもしれない。けれど、これは現実であり、真実でもある。受け入れるだけの時間を過ごしてきた、と私達はそう思ったから話すのよ」 母親はそう言って一度目を伏せた。 けれど、何かを吹っ切るように、もう一度口を開いた。 「あなたは・・あなたはこの世界の人間ではないのよ」 ―――はい? はその言葉の意味を理解するまでに随分と時間を要した。 そして、理解した途端、は吹き出した。 「大事な話って言うから何かと思えば、私がこの世界の人間じゃないって?なに、それじゃあ、私が宇宙人だとでも言うの?」 はけたけたと声を出して笑った。こんな冗談を鵜呑みにするほど、は子供ではなかった。 「今日はエイプリールフールじゃないよ、お母さん」 「!!さっきのお母さんの話を聞いていなかったのか!?これは冗談でもなんでもないんだ!真面目に話しを聞きなさい!!」 今まで黙っていた父親が大声を上げる。 突然怒鳴られたは、訳が分からず、キョトンとしてしまう。 そして次にじわじわと怒りがこみあげてきた。 訳のわからないことを言われて、怒鳴られて。理不尽極まりない。 「いいのよ、あなた。こんな話すぐに信じろ、というほうが無理よ」 母は父を手で制して、もう一度話し始める。 「もう一度言うわ。あなたはこの世界の人間じゃないのよ。そして・・・あなたは私達の本当の娘ではないの」 母親の声は少し震えていたが、それでもしっかりと聞き取れた。 ―――私がお母さんやお父さんの本当の子供じゃない・・だって? 「いい加減にしてよ!冗談にも限度ってもんがあるでしょ!?む、娘に向かって冗談でもそんなこと言わないでよ!!」 は頭に血が上るのを感じた。そして叫ぶのを止められなかった。 冗談にしては性質が悪すぎる。そんな言葉、嘘でも聞きたくなかった。 無性にくやしい気持ちがあふれ、涙がこみあげてきた。 そんなをみて、母はため息をついた。 「冗談ではないのよ。・・・そうね、話しても分かることじゃない。あなたは知っているのよ」 そう言って、母親は立ち上がり、棚の上に飾ってあった小さな箱を取り出した。 その箱は白い布でくるまれており、その周りには黒い紐が幾重にも巻きつけられていた。 母親はその紐を丁寧にはずしていき、最後に白い布を取り去った。 出てきた木箱の蓋を両手でそっと開ける。その中にはもう一回り小さい布張りの箱が入っていた。 母はそれをに差し出す。 「開けてごらんなさい。あなたは知っているはずよ」 知るわけがない。こんな箱今まで一度も目にしたことがないのだから。 ―――けれど、はその中に何が入っているのか知っている気がした。 いや、知っているのだ。 開けてはいけないと、理性が訴えかける。 開けては何もかもが失われてしまう。何もかもが変わってしまう。 けれど、自分の手を止めることは出来なかった。 受け取った箱をそっと開く。 中には――― これは――― 「ニーベルング」 すべてが終わり、始まった。 |